サンドイッチガール「おしりちゃん」

おしりちゃん 記事

某サンドイッチ屋のカリスマ店長「おしりちゃん」ってご存知ですか?人生相談屋としても一定の評価を得ている彼女。その人生をひも解いていくと、そこには様々なことに挟まれていた人間的な悩みが隠れていました【記事=さとう/大宮】

おしりちゃん (埼玉県 )/某サンドイッチ屋店長。「10年連続”最高月商&客数&従業員定着率”」全店ナンバーワンを更新中。 「おしりちゃん相談室」と称してブログやコミュニティを使って諸々の相談を請けている。

「おしりちゃん」を探る

見過ごせないこのネーミング。どこから何からツッコミ入れたらよいのかすら分からないので、もう、今回は闇雲に

記者「おしりちゃんってネーミング面白いよね」
おしり電車とかで言われるとさすがに恥ずかしい(ニコニコ)」
記者「いつからそういう感じなの?」
おしり「ふふ。これが素かな?(花)乾杯はした数だけ幸せになるんだよ♡乾杯」
記者「え、あ、乾杯」

要領が掴めない。どこからこの花弁は舞っているの?幻? メルヘンの世界に住んでいるというか、彼女の周辺がメルヘン化されてしまうようで、自分もその一部になってしまうような、「もう、これ超能力と変わらないよね?」

おしり「ふふ」
記者「・・・どうしておしりちゃんになったの?」
おしり「もともとおしりちゃんじゃないんだよね」
記者「(当たり前だ!!!)」

記者/さとう
「取材始めてわずか数秒で癒されて虜にされてしまいました」。生の彼女を一目見れば分かります。
こんなおしりちゃんですが、若い時はものすごく悩んだみたい。日本では多い自殺問題なんかもおしりちゃんとは無関係ではないよ。どうやって自分と向き合えるようになったんだろう?

「親と成績にサンドイッチされた」

「今は生きていて楽しい。何をしていても楽しい」。そんなおしりちゃんですが、女の子時代がとても長く、その頃はひたすら辛いしかなかったそうです。その頃の教訓が今の彼女を形成したようです。

小さい頃、勉強が出来ると親が褒めてくれた。それが嬉しくてもっと勉強を頑張っていた。いつしか、「勉強の成績=自分の価値」となってしまい、気が付いた時には穴の外までは遠かったようです。

「親に褒められたい。でも親が人に自分を良く紹介すると、苦しくなった」。

だって、頑張らないといけなくなるから。親の顔色を伺いながら生きていた高校生の頃、完全な無気力に陥りました。「頑張りたくない」。頑張ればそこには評価が待っている。テストが怖い。「テストの点数=自分の価値」と思ってしまった彼女には、「一位が取れてもまた頑張らないとならない」。

「自分を変えたい」でも「変えるためにがんばりたくない」

テストを受けなければ評価があやふやになるから安心だった。体裁という見えない声がカーナビから聞こえ続け、自分のGPSが遂に不明に。そして、無抵抗の彼女を襲った「熱」。二年間、彼女を苦しめたその熱は、無気力となった彼女自身を表現していたようにも受け取れます。

当然そんな人生完全放棄状態からは脱したい。「変えたい。でも変えるために頑張りたくない」。頑張るとそこにはまた「評価」が付いてきてしまう。

「親に褒められたい」という子ども時代のなんでもない要望が風邪をひいてこじらせてしまった。そして、愛されたいという強い思いが余計に彼女を苦しめた。

「死と生にサンドイッチされた」

「死」というゴール

苦しんだ挙句、私が選択したのは「死」でした。飛び降りようとしてビルの上に行っても怖くてダメ。だから、薬の瓶を沢山飲んでみたけど、病院のベッドで目を覚ました。三回病院に運ばれたとこで、父は向き合ってはくれなくなった。心配し続ける母に、私は母のせいにしてまた逃亡していました。

本気で病んでいた。 「死ぬこと=自分のゴール」だったけど、半端な私には死すら与えてもらえないと気が付いた時「生きること=自分のゴール」に変わったんです。

おしりちゃん

生きる方法を考え始めた

エネルギーはもともとあった。だって、自分のモヤモヤした黒いエネルギーが死というものに膨大な量で向かっていた日々があったのだから。そして、私の中で「死」という言葉が消えた。物理的な死かもしれないし、精神的な死かもしれないけど、私の死生観では死へのイメージが極端に消えて、 膨大なエネルギー達の矛先が変わり、生きる方法を考え始めたんです。これはとにかく大変でした。でも、、、

弟がいます。「自分自身が嫌いだったけど、この弟は私のことが大好きだった」。「姉ちゃんは何でもできる」と常に言ってくれた弟の愛があったお陰で開けた道が多いんです。

愛と自己責任でサンドイッチしたら人生が楽になったよ

https://ameblo.jp/hepppmari/entry-12526218478.html?frm=theme

簡単ではなかった「おしりちゃん」になるまでの3ステップ

1)行動に「私は」という主語を入れてみるトレーニング

体裁や親の声、成績などを気にして自分の価値づけをしていた彼女。「自分が無い」という問題にぶつかっていたことに自身で気が付き、当人発案で行っていた最初の「生きるためのトレーニング」

着る物や飲むもの、全ての行動において「主語を入れてみる」こと。具体的には、「私はこれを着る」「私はこれが好きだから着る」「私はこれを選ぶ」など、声に出したり意識して行う。「頑張りたくない」というのは、頑張ることによって得る評価が全て他人から発せられてしまうものであり、自分が自分に行うことではないから。「すべてを自分任せにすることで、無気力から脱せられるんじゃないか」と考えたんです。

記者/さとう
「うんうん。人のせいにしなければ、全て自分のせいになるもんね」
社会のせいでも他人のせいでも不景気のせいでも政治のせいでも親のせいでも友人のせいでも先生のせいでもなんでもない、目の前のこと全ては自分の問題であり、自分の責任なんだって思うようになったんだね。

2) 「少しでもマシに(楽に)生きる」ではなく、「より楽しく生きる」という教訓を後生大事に

生きる方法を考え始めて「とにかくマシに生きよう」と思っていたんですが、辛さが変わらなかったんです。これは死なないだけで生きているとは言えない。そこで、「より楽しく生きる」ように考えてみたらどうかなって試していったんです。

ある意味完璧主義者だった私は無意識に自分のやりたいことも出来なかった。バンドマンと付き合っていたのは、音楽をやりたい自分の代替行為なんだと気付いた。 「私の価値は数字じゃない。より楽しく生きるんだ」そう思ったら、好きなことを息を吸うようにできるようになりました。

恥ずかしいけど、セクシー衣装のベリーダンスにも挑戦した

3)「やりたいこと」と「新しい自分」でサンドイッチ♡

出来なくて良いからやりたいことをやる。今のその場をフルで楽しむことが出来るようになった。そうやってその場をフル充電するスキルが生まれたけど、目の前が全てになって逃げることがなくなってしまったので、その枠というか視界の壁を超えられなくなりました。
その先に行ってみたいと思った。オーバー・ザ・フェンスしたその先に、また新しい自分に出会えるんじゃないかなって、今は、新しい自分と今の自分に嬉しくサンドイッチされている。逃げて逃げて逃げて逃げた先にあったのは、「今という瞬間の瞬間」後のこととか前のこととかどうでもいいわけではなく、今、目の前に起きていることに全精力を傾ける。
だから、ごはんも美味しい。息しているだけで幸せ。でも、先のことを考えてふと弱くなってしまったり、壁の向こうのことを考えて不安になったりもあるかもだけど、それでもそこでも新しい自分を創り出してみたい。

今の自分も大切だけど、「やりたいことと新しい自分でサンドイッチした味」に期待は尽きない。

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